御霊によって生きる

御霊によって生きる、ということ

――ガラテヤ5章25節から考える信仰の歩み――

聖書の中には、「信仰とは何か」「自由とは何か」を真正面から問いかけてくる書簡があります。
新約聖書のガラテヤ書も、その一つです。

今日はその中でも、
「御霊によって生きているのなら、御霊によって歩もう」
(ガラテヤ5:25)
という言葉を中心に、少し立ち止まって考えてみたいと思います。

ガラテヤ書が書かれた時代のこと

ガラテヤ書が書かれたのは、イエス・キリストの復活後、まだ教会が生まれて間もない頃でした。
福音はエルサレムから広がり、ユダヤ人だけでなく、異邦人――つまり、ユダヤ人ではない人々にも伝えられるようになります。

けれども、その広がりの中で混乱が起こりました。

「イエスを信じるだけで、本当に十分なのだろうか」
「ユダヤ人と同じように、律法を守らなければならないのではないか」

信仰に、何かを付け加えようとする声が、教会の中に生まれてきたのです。
その状況を前にして書かれたのが、ガラテヤ書でした。

パウロという人

この手紙を書いたパウロは、もともとキリスト者を迫害していた人物でした。
律法に誇りを持ち、「正しさ」を追い求めて生きていた人です。

しかし、復活(御霊)のキリストと出会い、彼の人生は根本から変えられました。
努力や正しさによってではなく、恵みによって救われる――
その福音を、誰よりも深く体験した人でした。

だからこそパウロは、
信仰に律法や条件を付け加えようとする教えに、強く反対しました。

ガラテヤ書は、冷静な理論書というより、
福音を守ろうとする敬虔な手紙だと感じさせられます。

自由にされた私たち

パウロはこう語ります。

「キリストは、私たちを自由にするために解放してくださいました」
(ガラテヤ5:1)

ここで言う自由とは、
「何をしてもいい」という自由ではありません。

それは、
律法を守れない自分を責め続ける生き方からの自由であり、
罪や恐れに縛られた生き方からの自由、
そして、自分自身に囚われ続ける生き方からの自由です。

けれどもパウロは、こうも言います。

「その自由を、肉の欲望を満たす口実にしてはいけません」
(ガラテヤ5:13)

自由は、自分中心に生きるために与えられたものではありません。
「愛をもって互いに仕え合う」ための自由なのだと、パウロは語ります。

肉のわざとは何か

ガラテヤ5章でパウロは、「肉のわざ」を具体的に挙げています(ガラテヤ5:19–21)。

それは、特別な悪人だけが行うものではありません。
私たちの日常の中にも、思い当たるものが含まれています。

たとえば、
欲望に流される生き方、
妬みや怒りに支配される心、
争いや分裂を生み出す言葉、
自分の利益を優先する態度、
節度を失った楽しみ方、酔酒、大騒ぎ                         偶像礼拝、魔(呪)占術、に頼る――。

パウロは、こうしたものを「肉のわざ」と呼びます。
それらは、気づかないうちに人間関係を壊し、
自分自身をも内側から疲れさせていくものです。

御霊の実という生き方

それに対してパウロは、「御霊の実」を示します(ガラテヤ5:22–23)。

愛、喜び、平和、忍耐、親切、善意、誠実、柔和、自制――。

興味深いのは、
「肉のわざ」は複数形、「御霊の実」は単数形で語られていることです。

御霊の実は、努力で一つずつ身につける徳目というより、
御霊と共に歩む中で、一つの実として育っていくものなのです。

「御霊によって歩む」とは

そしてパウロは、こう勧めます。

私たちが御霊によって生きているのなら、
御霊によって歩んでいこうではありませんか」
(ガラテヤ5:25)

「御霊によって歩む」というのは、何もしないことではありません。
すべてを放り出してしまうことでもありません。

日々の小さな選択の中で、
自分の思いだけでなく、
「これは愛に向かっているだろうか」
「平和を生み出しているだろうか」
と、立ち止まりながら歩いていくこと。

その積み重ねが、信仰の歩みなのだと思います。

私たちはすでに、御霊によって生かされています。
だからこそ、その命にふさわしく歩んでいこう――
それが、パウロの願いでした。

今日を生きる私たちへ

信仰生活は、完璧であることを求められる道ではありません。
迷い、立ち止まり、失敗しながらも、
それでも御霊に導かれて歩み続ける道です。

「御霊によって生きている」
その恵みを思い出しながら、
今日という一日を歩んでみたいと思います。

祈り

主よ。
私たちは主イエス・キリストの贖いによって、私たちを罪から解放してくださいました。パウロが語られた、『律法主義、罪、更には自分自身への執着からの自由のように、肉の欲望を満たす生き方ではなく、聖霊に委ね、御霊の働きによって進もう』と励ましてくださいました。今の時代にも尚、生きておられる主に積極的に応答し、愛をもって互いに仕え合う姿勢でいられますように、どうか主の聖霊によって、生かされる者として、今日の歩みを導いてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

一人でも多くの方が、主の愛に触れて、聖霊を受け取れる者となり主の栄光に預かることが出来ますように。シャローム


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