聖書から心癒されることばを受け取れる。


『主よあなたこそ唯一の神』イザヤ37章20節

〜揺れる心に寄り添う、祈りと憐れみの物語〜

人生には、どうしようもなく心が揺さぶられる時があります。
外から押し寄せる不安に押しつぶされそうになる時もあれば、
内側で静かに崩れていくような痛みに立ち尽くす時もある。

イザヤ37–38章は、そんな「揺れる心」にそっと寄り添ってくれる物語です。
そこには、恐れの中で祈る人の姿と、その祈りに応える神のまなざしが描かれています。


1.恐れの中で、祈りへと向かう(イザヤ37章)

エルサレムはアッシリアの大軍に囲まれ、
人々の心は不安でいっぱいでした。
ヒゼキヤ王も例外ではありません。
けれど彼は、恐れに押しつぶされる代わりに、
そのままの心で神の前に出ていきます。

敵から届いた脅しの手紙を神殿に広げ、
彼は静かに祈ります。

「主よ、あなたこそ唯一の神であることを、
地のすべての国々が知るようにしてください。」(37:20)

この祈りには、
「どうか助けてください」という願いと同時に、
「あなたの名があがめられますように」という深い信頼が込められていました。

神はその祈りに応え、
エルサレムは守られます。
恐れのただ中で、神の確かな手が働いていたのです。


2.個人的な痛みの中で見つかる、神のまなざし(イザヤ38章)

国が救われたあと、今度はヒゼキヤ自身が病に倒れます。
死が目前に迫り、心が折れそうになる中で、
彼は壁に向かって涙を流しながら祈りました。

その祈りもまた、飾りのない、ありのままの心でした。

神はその涙を見、祈りを聞き、
ヒゼキヤに15年の命を加えます。

そして、彼の不安に寄り添うように、
ひとつのしるしを与えられました。


太陽の影が戻る──神が“時間に触れた”しるし

神が示されたしるしは、
「太陽の影を十度戻す」というものでした。

当時、宮殿には階段状の日時計のようなものがあり、
太陽の光が当たる角度で影が進むことで時間を知っていました。
影はいつも「前へ前へ」と進むもの。
時間が戻ることなんて、ありえません。

けれどその日、
影は“逆戻り”したのです。

まるで神がそっと時間に触れて、
「わたしは確かにあなたと共にいるよ」
「あなたの祈りは届いているよ」
と優しく語りかけるように。

もし現代でたとえるなら、
止まるはずのない時計の針が、ふっと逆回転して、
「大丈夫だよ」と知らせてくれるようなもの。

人間にはどうにもできない“時間”にさえ、
神は自由に触れることができる。
そのしるしは、ヒゼキヤにとって、
そして私たちにとっても、
深い慰めとなるのではないでしょうか。

取り返しがつかないと思っていた過去も、
もう動かないと思っていた未来も、
神の手の中では決して閉ざされていない。

太陽の影が戻ったあの日のように、
神は私たちの人生にも、
思いがけない光の角度を与えてくださることがあります。


※※あなたの祈りにも届く言葉※※

イザヤ37–38章は、
大きな歴史の流れの中でも、
一人の人の涙の中でも、
神は変わらずそこにおられるということを教えてくれます。

37:20の祈りは、
今を生きる私たちにもそっと寄り添います。

「主よ、あなたこそ唯一の神。」

この告白は、
心が揺れる時に、
未来が見えない時に、
そっと胸に置いておける言葉。

ヒゼキヤの物語は、
「祈りは神の心に届く」
「神はあなたの涙を見ておられる」
という優しい真実を、静かに語りかけてくれます。

あなたが今どんな場所にいても、
その祈りは決して届かないまま終わることはありません。
神は、あなたの時間にも、あなたの涙にも、
静かに、深く、寄り添ってくださっています。



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